2017年3月18日放送のメレンゲの気持ちで、シンガーソングライター高橋優33歳が歌手を目指すキッカケ、父親と民謡、苦しい札幌路上ライブ時代、アパレル販売員のバイトをしていたときの失敗、ご当地おみやげ試食会、ライブ当日・毎日のルーティン、仲がいい有名人などについて語った。

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芸能界でもファンが多い。大竹しのぶもライブに行く。ほぼ毎回。

安田章大も高橋優が大好き。

一躍ブレークしたのは『福笑い』。2010年に東京メトロのCMソングに抜擢され、大きな話題に。

新垣結衣 TOKYO HEART90秒CM 東京メトロ


デビューから6年半でCMやドラマ、映画等で起用された楽曲は38曲。

飾らないキャラクターでバラエティーでも活躍。

スタジオで『明日はきっといい日になる』を生歌で披露。

高橋優 明日はきっといい日になる


歌手を目指すキッカケ


父親が民謡をアマチュアで歌っている。秋田民謡。
家にカセットテープを入れるとカラオケになるマシーンがある。

父親のマネをしてマイクを持って歌ったりしていた。民謡や演歌を歌っていた。吉幾三、北島三郎を父親のマネをして歌っているのをいつも親戚が笑って見ていた。

自分で歌詞を書くようになっていった。歌詞になったのは中学生の頃だが、小学生の頃から自由帳みたいなのが常にあった。

たとえば学校で悪い点数を取ってきて怒られるたのを嫌に思いながら、良い点数をとってほめられている絵を描いたりして、現実を妄想で埋め合わせした。それが曲作りになっていった。

B’zが大好き。秋田県の大館樹海ドームにコンサートをしに来た。

ライブを感動して泣いて見ていたが、ただ憧れてB’zを追いかけたい気持ちよりも「あそこに立ったらどういう気持になるんだろう」という気持ちが芽生えた。

その頃から自分もステージに立ちたいと思うようになった。

大学には大義名分としては勉強しに行っていたので、親の協力ももらいながら札幌の大学に行った。

最初の1年生のときは頑張って英語の勉強をしていたが、2年生のときには路上ライブのほうが生活のメーンになっていた。

苦しかった路上ライブ時代


札幌路上時代 当時23歳

高橋優の札幌路上ライブ時代

手応えを感じることなく上京した。2人とか当たり前。立ち止める人は100人以上止める。

声だけはデカかった。100人以上のファンが「アイツまたいるよ」「アイツうるさい」みたいな。

Twitterとかやっていると、路上やっていた頃から応援してましたという人が5人以上いる。3人嘘をついている。

自分でCDを作ろうと思うと、予算を全部、生活費から削って出さなければいけない。最後は食費を削った。

お腹が空いて何か食べたいが何もないときにティッシュを食べた。ただただ水分を奪われる。

バイトはアパレル関係、映画館、ラーメン屋、着ぐるみなど。

アパレル販売員として、ようやく板についてきて頑張って接客したとき、裾直しをやらされた。

いいお客さんで笑顔で接客したが、出来上がってきたのはハーフパンツみたいだった。定規にセンチとインチが入っていて、2cm直すはずだったのに…


ライブ直前の様子


全国ホール&アリーナツアー 2016-2017 で初めての大分県

今回は、各地でゆっくり街を歩く時間がなさそうで、楽屋にご当地のお土産を用意してもらった。

バンドメンバーと試食会。ざびえる、壱万円の里、ぷりんどら

2016年12月から同じメンバーで回っている。メンバーにも演奏以外でツアーを楽しんでほしいということで、ご当地お土産を始めた。


ルーティン


当日、赤いパンツを履く。赤の勝負パンツ。赤い靴下とで挑む。

ネルネルテープ。寝るときに口が開くので、乾燥を防ぐため。毎日やっている。

新幹線で寝るときがある。ネルネルテープがないので、売っていた関西風の絆創膏を貼って寝ていた。

隣のマネージャーが爆笑しだした。アカン!と書いてあった。罰ゲームをしているみたいだった。

仲がいい有名人


関ジャニ∞の大倉忠義とも仲がいい。毎週1時間半の生放送ラジオをやっている。

週1では必ず会っているが、それに加えて今日ご飯行くか?とか。そこに安田章大が加わって3人でとか。

実家に大倉忠義が来たことがある。テレビに出たりデビューすると親戚が増えると言われるが、全く増えなかった。

大倉忠義を連れて行ったときは、ビックリするくらい親戚が増えていた。家族5人のはずが20人くらいいた。車を降りたら拍手が起こった。

同じ事務所の先輩の福山雅治と仲がいい。福山雅治はラジオ番組をやっている。話が面白くて尊敬している。

「どうしたらそんなに面白くなれますか?」といつも相談している。


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